汽車

ジョバンニは北国の小さな町で暮らしていました。父親は遠い海へ出稼ぎに出たまま戻らず、母親は病気で寝込んでいました。ジョバンニは幼いながらも活版所で仕事をしながら学校に通い、母親を助けて暮らしていました。しかし学校では友達からからかわれ、ひとりぼっちでいることが多かったのです。親しかったはずのカムパネルラも最近はあまり話さなくなり、ジョバンニの心はますます塞ぎ込んでいきました。
その日は年に一度のケンタウル祭りの日でした。街はお祭りの準備で賑わっており、みんなが提灯を持って星座の話をしていました。しかしジョバンニは誘われることもなく、寂しさを抱えたまま街外れの丘へ向かいます。夜の空はよく晴れて、星がたくさん瞬いていました。ジョバンニは草の上に寝転び、冷たい夜風を感じながら星空を見上げていました。

静かな夜空の下で、ジョバンニはふと不思議な感覚に包まれます。気がつくと見知らぬ列車の中に座っていました。その列車は銀河鉄道と呼ばれ、星々の間を滑るように走っていたのです。隣にはカムパネルラが黙って座っていました。ジョバンニは驚きながらも、どこへ向かうのか分からない旅に出発したのでした。
列車は銀河の川の上を静かに進んでいきました。窓の外には明るく輝く草原や、青く透き通った川が広がり、遠くには白い鳥が飛んでいました。列車の汽笛は低く響き、二人は車内から幻想的な風景を見つめ続けました。列車はさまざまな駅に停まりながら、さらに遠くの銀河の奥へと進んでいきます。
「おっかさんは、僕を許してくれるだろうか。おっかさんにとって、1番の幸せってなんだろう」
いきなりカムパネルラが泣き出しそうな顔で言いました。
「君のおっかさんは、どこも悪いところなんてないじゃないの」
ジョバンニはびっくりして叫びました。
「僕には分からない。だけど誰だって、本当に良いことをしたらそれが1番幸せなんだね。だからおっかさんは、僕を許してくれると思う」
カムパネルラは何かを決心しているように見えました。

ジョバンニとカムパネルラは途中で不思議な乗客たちと出会います。あるときは銀の鷺を追いかける鳥捕りが乗ってきて、鷺の捕り方や銀河の仕組みについて教えてくれました。
「あなた方はどちらからおいでですか」
鳥捕りに聞かれたとき、なぜかジョバンニとカムパネルラは答えることができませんでした。
「ああ、遠くからですね」
鳥捕りは分かったようにうなずきました。
別の駅では2人の子どもとその付き添いの青年が乗ってきました。青年は嬉しそうに言いました。
「ああ、私たちは空へ来たのだ。これから天へ行くのです。もう何も怖いことなんてありません」
別の乗客がたずねました。
「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなさったのですか」
青年は少し笑って答えました。
「氷山にぶつかって船が沈みましてね、子どもたちのお父さんが急用で1足先に本国へお帰りになったあとから発ったのです。私は子どもたちの家庭教師に雇われていました。ボートもありましたが、とてもみんなは乗り切りませんでした。もうその船は沈みますし、私は必死になって、どうか子どもたちを乗せてくださいと叫びましたが、ボートまでのところにまだまだ小さな子どもたちや親たちがいて、とても押しのける勇気がなかったのです。そんなにして助けてあげるよりはこのまま神の御前にみんなで行くほうが、子どもたちも幸せなのではないかと思いました」
ジョバンニは黙って耳を傾けていました。

銀河鉄道はさらに遠くの星座を抜け、静かな空間を進んでいきます。
「本当の幸いは一体何だろう」
ジョバンニは言いました。
「僕には分からない」
カムパネルラはぼんやり答えました。
「きっとみんな本当の幸いを探しに行く。カムパネルラ、僕たちどこまでも一緒に行こうね」
ジョバンニがこう言いながら振り返ると、今までカムパネルラの座っていた席にもうカムパネルラの姿はありませんでした。ジョバンニは誰にも聞かれないように窓の外へ体を乗り出して、力いっぱい叫び、それから喉いっぱい泣き出しました。
列車は最後の駅に近づき、ジョバンニはぼんやりとした意識の中で目を覚まします。気がつくと元の丘の草の上に戻っていました。ケンタウル祭の夜はまだ続いており、町の光が遠くに見えましたが、銀河鉄道の旅は終わっていたのです。ジョバンニは夢だったのか現実だったのかわからず、走って丘を下っていきました。

町へ戻ったジョバンニは悲しい知らせを耳にします。川でカムパネルラともう一人の同級生が遊んでいたところ、同級生が流され、それを助けようとしてカンパネルラが川で命を落としたというのです。ジョバンニが河原のほうへ行くと、みんなじっと川を見ていました。
「みんな探してるんだろう」
「ああ、みんな来た。だけど見つからないんだ」
ジョバンニはそのカムパネルラは、もうあの銀河のはずれにしかいないような気がして仕方がありませんでした。
もういろんなことで胸がいっぱいで何も言えず、一目散に街の方へ走り出しました。